サンフランシスコ発祥の中国系アメリカ人の犯罪組織**ワーチン(華青)**がある。彼らはストリートギャングでありながら、中国の国際犯罪組織「三合会」とも深くつながり、さまざまな犯罪を行っている組織である。サンフランシスコ・チャイナタウンとワーチンの誕生サンフランシスコのチャイナタウンは、アメリカで最も古く、最大級のチャイナタウンの一つである。ここは多くの中国系ギャングや犯罪組織が生まれた場所としても知られている。ワーチンの歴史はかなり古くまで遡る。1848年にカリフォルニアで金が発見され(ゴールドラッシュ)、多くの中国人がアメリカへ渡った。特に広東省出身の移民が多かった。彼らは1850年代にサンフランシスコに最初のチャイナタウンを築いた。その後、大陸横断鉄道の建設でさらに多くの中国人が働き、鉄道完成後は各地のチャイナタウンに移住した。1840年から1880年の間に、約30万人の中国人がアメリカに移住したと言われている。当時のチャイナタウンは「トン(堂)」と呼ばれる秘密結社が支配していた。トンはもともと移民の相互扶助団体だったが、次第に一部が賭博、麻薬、恐喝、暗殺などの犯罪に手を染めるようになった。
主なトン:
合勝堂(Hop Sing Tong)
安良堂(On Leong Tong)
協勝堂(Hip Sing Tong)
1890年代から1930年代にかけて、トン同士の縄張り争い(トン戦争)が激しく起こり、殺人や銃撃戦が頻発した。その後、警察の取り締まりが強まり、多くのトンは合法的なビジネスへ移行した。ワーチンの結成1965年の新移民法により、香港・台湾・中国本土から新しい移民が急増した。しかし、アメリカ生まれの中国人(ABC)は新移民を「FOB(Fresh Off the Boat)」などと呼んで差別した。こうした差別から身を守るため、1964年に**ワーチン(華青=中国の青年)**が結成された。最初は香港や中国から来た若者たちによる保護グループだったが、貧困や差別の中で次第に暴力的なストリートギャングへと変わっていった。1960年代後半には、恐喝、違法賭博、麻薬密売、高利貸し、請負殺人などを行う危険な組織になった。1970〜80年代の全盛期1970〜80年代、ワーチンはサンフランシスコとロサンゼルスの中国人コミュニティの犯罪をほぼ支配した。当時、カリフォルニアだけで約200人のメンバーと500人の協力者がいたとされる。対抗組織として元メンバーのジョー・フォングがジョー・ボーイズを結成し、激しい抗争が起きた。1977年9月4日には「ゴールデン・ドラゴン虐殺事件」が発生した。ジョー・ボーイズがレストランに乱入し、無差別銃撃を行い、観光客を含む5人が死亡、11人が負傷した。この事件をきっかけに警察の取り締まりが強化され、両組織とも弱体化した。三合会とのつながり1970年代後半、**レイモンド・チョウ(シュリンプ・ボーイ)が頭角を現し、ホップ・シン・トンを掌握した。彼は香港の三合会「和合圖(Wo Hop To)」と結びつき、ワーチンを取り込もうとした。ワーチンは三合会の主要組織である14Kや新義安(Sun Yee On)**とも深くつながるようになった。しかし内部抗争も激しく、1991年にはワーチンのリーダーであるダニー・ウォンが暗殺された。その後、多くのメンバーがロサンゼルス周辺(サウスカリフォルニア)に移り、ベトナム系・カンボジア系ギャング(Asian Boyz、Tiny Rascal Gangなど)と激しい抗争を繰り広げた。現在の組織構造現在、ワーチンにはいくつかの「サイド」が存在する。
Ocean-Side
Flip-Side
510-Side
Jackson-Side
70-Side
など
各サイドには「龍頭(lung tao)」や「大老(dai lao)」と呼ばれるリーダーがいる。メンバーは赤と黒の服を好み、Washington NationalsのWロゴグッズを身につけることが多い。ドラゴンや竹などのタトゥーも特徴である。現在の活動スタイル1990年代以降、ワーチンは目立つストリート暴力は減らし、低姿勢(ロープロファイル)戦略を取っている。現在は以下の犯罪に力を入れている:麻薬密売(ヘロイン、メタンフェタミン、フェンタニル)
資金洗浄(カジノ・仮想通貨)
違法賭博
偽造品・ブランド品密輸
クレジットカード詐欺、サイバー犯罪
合法的なビジネス(レストラン、不動産、宝石店、ナイトクラブなど)を隠れ蓑に使い、FBIの監視を逃れていると言われている。ワーチンはもはや単なるストリートギャングではなく、三合会と結びついた高度に組織化された国際的な犯罪シンジケートである。