テキサス州フリスコの高校陸上大会での刺殺事件で、陪審は2026年6月10日、カーメロ・アンソニー(19)に懲役35年の実刑判決を言い渡した。
2025年4月2日、米テキサス州フリスコにあるデビッド・カイケンダル・スタジアム(Kuykendall Stadium)で事件は起きた。その日は雨天で、選手たちはテントに避難していた。当時17歳だったカーメロ・アンソニー(Karmelo Anthony、センテニアル高校)は自分の学校のテントではなく、他校・メモリアル高校のチームテントへ入った。
カーメロに前科はなく、フットボールチームで活動し、学業成績も良好だったと報じられている。メモリアル側の生徒、特にオースティン・メトカーフ(Austin Metcalf、17歳)とその双子の兄弟ハンターらは、カーメロに「出て行け」と15回以上要求した。しかし彼はテントから出なかった。
リュックに手を入れながら「俺に触ったらどうなるか見てみろ(Touch me and see what happens)」と警告した。検察側は、この発言と行動が事前の警告や殺意を示すものだと主張し、陪審はその主張を支持した。直後、突き飛ばされたカーメロは、リュックから約3.5インチ(約8.9cm)の折り畳みナイフを抜き、オースティンの胸部を1回刺した。オースティンは病院に搬送されたが死亡した。
カーメロ側は一貫して「正当防衛」を主張した。しかし2026年6月9日、陪審は第一級殺人罪で有罪評決を下し、6月10日、懲役35年の実刑判決が言い渡された。
【人種問題と社会的な反響】この事件は、加害者が黒人少年、被害者が白人少年だったことから、大きく人種問題に発展した。一部の活動家やSNS利用者からは「白人にいじめられ、身を守っただけ」と擁護する一方、被害者家族や多くの市民は「明確な殺人行為だ」と非難した。裁判所前では両陣営のデモが衝突する場面も見られた。特に、最終陪審12人の中に黒人陪審員が1人もいなかった点が大きな論争となっている。一部メディア(CNNなど)が「All white jury(全員白人の陪審)」と報じたため、この印象が広く広がった。ただし実際には東南アジア系やヒスパニック系の陪審員も含まれていたとされる。被害者・Austinの父親は繰り返し「これは人種の問題ではない。政治の問題でもない」と訴えているが、残念ながらその声は十分に届いていない状況である。
陪審は最終的に正当防衛の主張を退けた。しかし事件をめぐる人種論争は現在も続いており、オースティン・メトカーフの死をめぐる議論が収束する気配は見えていない。