「なぜ、そこまでLAのギャング事情に詳しいのか」と不思議がられる。
現在はネットやSNS上にギャングに関する情報が溢れており、知識を得ること自体は決して難しくない。
しかしひとつ言えるのは、私の夫がサウスLAで生まれ育ったという事だ。
サウスセントラル――いわゆる“フッド”。
この言葉は neighborhood に由来し、ギャングにとっての「地元」「縄張り」を意味する。
夫は、ギャングが日常の風景として存在する環境で育った。
幼なじみ、クラスメート、近所の知人。
気づけば多くがギャングに属しており、
彼にとってギャングの話題は特別なものではなかった。
それはニュースや噂話ではなく、
近隣で起きた出来事や人間関係を語る、ごく日常的な会話の一部であった。
正直に言えば、私は当初その環境に強い衝撃を受けた。
ここではっきりさせておくが、夫も、その兄弟も、ギャングメンバーではない。
フッドに生まれたからといって、全員がギャングになるわけではない。
この点は、しばしば誤解されがちだが、極めて重要な事実である。
そうした背景の中で、夫から聞く数々の話に触れるうち、
私は自然とLAのギャングポリティックスをなんとなく理解していくようになっていった。
それらは書籍やメディアでは語られにくい、生活の中に根差した視点であった。
なお、トゥルークライムチャンネルの開設を勧めたのも夫である。
当時の日本ではまだほとんど語られていなかったニッコー・ジェンキンスやジェイミー・オスナといった殺人鬼の事件を皮切りに、さまざまな犯罪事例を調べ、深掘りしていくうちに、関心は次第に犯罪組織へと広がっていった。
やがてカルテル、そしてギャング事件も避けては通れないテーマとなっていく。
「Hooversを取り上げてみたらどうか」
その一言が、ロサンゼルス・ギャングという深い沼への入り口だった。
「あいつらは本当に最悪だ」彼はよく言っていた。
それは感情的な悪口ではない。
なぜ嫌われ、なぜ恐れられ、
なぜ多くのフッドから憎まれてきたのか――
その背景を知る者だからこそ出てくる言葉である。ギャングマップを私に見せながら彼らの残虐卑劣な手口なども教えてくれた。
彼は幼い頃から、地元のミュージシャンたちの音楽を聴いて育ってきた。
Kendrick Lamar や Nipsey Hussle についても、彼らが世界的に知られる存在になるずっと前から聴いていたという。
ミュージックビデオを見ていると、画面に映る人物を指さして
「こいつは知ってる」「もう死んだ」
と言ったりするため、『は?知ってる?死んだ?』となる。
そこにあるのは、憧れや噂話ではない。
彼にとってそれは“遠いスターの物語”ではなく、かつて同じ空気を吸っていた人間たちの記憶なのだ。
「フーバーズはマジでヤバい奴らだ」
そう言い切りながらも、彼は彼らのラッパーの音楽を今でも普通に聴く。
危険だと知っているからこそ、その音楽がどこから生まれてきたのかも理解している。
それが、彼が育ったサウス・ロサンゼルスの日常だった。
しいたけクライムが目指しているのは、
センセーショナルな噂話の拡散ではない。
現実に生きた人間の経験を土台に、
ギャングという存在を構造と文脈から伝えることである。
前置きが長くなってしまったが、
ここから「Hoover Criminals(フーバー・クリミナルズ)」について解説する。
彼らは南ロサンゼルス・ウエストサイドに根を張るストリートギャングであり、ロサンゼルスでも特に敵対関係が多く、最も暴力的かつ活動的なギャングの一つとして語られる存在である。
彼らの縄張りは、フリーウェイ110号線沿いの Hoover Street を中心に、北は Vernon Avenue、南は Imperial Highway まで、縦に細長い形状で広がっている。
ギャングは「セット」と呼ばれる複数のグループに分かれており、現在確認されている主なセットには、
・52 Hoover Gangster Crips(ファイブデュース)
・59 Hoover Gang(ファイブナイン)
・74 Hoover Gang(セブンフォー)
・83 Hoover Gang(エイトトレイ)
・92 Hoover Gang(ナインデュース)
・94 Hoover Gang(ナインフォー)
・107 Hoover Gang(ワンオーセブン)
・112 Hoover Gang (イレブンデュース)
などが存在する
ギャング名の数字は、
0を O(オー)、2を Deuce(デュース)、3を Trey(トレイ)
と発音するのがストリートでの慣習である。
Hooverは、ロサンゼルスでも「最も憎まれているギャングの一つ」と言われ、全方位に敵対関係を抱える点でも知られている。
その歴史は他のギャングと比べても、非常に独特だ。
彼らは1960年代、Hoover Street と 92nd Street 周辺で結成され
当初は通りの名前から『Hoover Groovers(フーバー・グルーバーズ)』と呼ばれていた。
当時のHoover Grooversは、現在のような武装ギャングというより、
若い黒人たちのストリートグループの集合体だったとされており、
少なくとも当初は、現代ほど暴力的な存在ではなかったと言われている。
その後、1969年に レイモンド・ワシントン(Raymond Washington) によって
クリップス(Crips) ギャングが結成された。
1971年、レイモンドは
スタンリー・“トゥーキー”・ウィリアムズ
(Stanley “Tookie” Williams)を仲間に迎える。
この体制のもと、レイモンドがイーストサイドを、トゥーキーがウエストサイドをそれぞれ統制し、
クリップスは急速に勢力を拡大していった。
当初、クリップスとフーバーズの間に明確な対立関係はなかったとされている。
しかし1971年3月、Hooversの創設者の一人が殺害される事件が発生し、
当初は West Side Crips(Stanley “Tookie” Williams派)のメンバーによる反抗だと疑われた。
事件直後、緊張が高まる中でWest Side CripsとHooverの緊急ミーティングが
St. Andrews Recreation Center(Saint Andrews PlaceとManchester Blvd〜89th Streetの間)で開かれた。
話し合いの結果、殺害犯はWest Side Cripsではなく、
Figueroa Boys(Figueroaエリアの別のギャング)のメンバーであるという認識で両者が一致する。
その後、Figueroa Boysのリーダーはロサンゼルス市内のナイトクラブで激しい暴行を受けたと伝えられている。
この一連の出来事をきっかけに、HooversとCripsの間には同盟関係が築かれた。
隣接するテリトリーを持つ両者は、共同で行動するようになっていく。
そして1973年頃、92番街のGrooversがCripsへと移行し、
「92 Hoover Crips Gang」へと改名した。
これにより、43番街から112番街にかけて存在していた
Hoover Grooversの多くが『Hoover Crips Gang』となり、
最終的にHooversはCripsの傘下に置かれる形となった。
しかし、この関係は長くは続かなかった。
1979年、Cripsの伝説的リーダーであるレイモンド・ワシントンが殺害される事件が発生する。
彼は、4人が乗ったセダン車から声をかけられ、歩いて車に近づいたところ、車内から銃撃を受けたとされている。
レイモンドは非常に聡明で用心深い人物だったと語られており、
見知らぬ人物が乗る車に近づくことは、ほとんどなかったとも言われている。
警察は捜査を行ったが、事件について口を開く者はおらず、犯人は特定されなかった。
その一方でストリートでは、
「Hooversの関与があったのではないか」
という噂が広まり始める。
Cripsにとって、レジェンドを殺害された事実は決して受け入れられるものではなく、
ここからHooversに対する強い怒りと不信感が生まれ、「裏切り者」というレッテルが定着していったとされている。
1980年代のアメリカでは、**「クラック・エピデミック」**と呼ばれる社会現象が発生した。
これは、クラック・コカインの使用と流通が急激に拡大した時代であり、
それに伴い、麻薬取引に関与するストリートギャングの影響力も急速に増していった。
この時代、Hoover Crips Gang はサウスセントラル・ロサンゼルスにおいて
最も悪名高いストリートギャングの一つとして知られるようになる。
彼らは特に残虐性が高いと評されることが多く、ギャング関連の銃撃事件が発生した際、
「まずHooversが疑われる」とまで言われる存在だった。
この頃、Hooversの影響力はロサンゼルスにとどまらず、シアトル、ヒューストン、ポートランド、オクラホマといった他都市へも広がっていく。
やがてHooversは、Rollin’ 60s Neighborhood Crips との対立を深め、
さらに Rolling 40s、50s、100s とも抗争関係に入った。
その結果、サウスセントラル・ロサンゼルスでは、銃撃事件が頻発する極めて不安定な状況が続いた。
1990年に入る頃までには、Hooversは ほぼすべてのCrips系ギャングと敵対関係にある状態となる。
そして彼らは、自らのギャング名から 「Crip」 という呼称を外し、
同じ頭文字を持つ 「Criminal」 に置き換え、
『Hoover Criminals』 を名乗るようになった。
あわせて、独自のシンボルカラーとして「オレンジ色」を選択する。
ただし例外として、52 Hoover はCripsと敵対しながらも
名称を変更せず、
52 Hoover Gangster Crips という名前を維持した。
彼らはオレンジに加え、
Cripsのシンボルカラーである 青色も引き続き使用している。
Hooversの特徴の一つとして、同じ頭文字 「H」 とオレンジカラーを持つ
MLBチーム「ヒューストン・アストロズ」のキャップやジャージを着用する点が挙げられる。
ロサンゼルスにおいて、黒人男性がヒューストン・アストロズの
キャップやジャージを身に着けている場合、
野球ファンではなくHoover Gangのメンバーだと認識されることが多い。
近年では、Hooversには黒人だけでなく
ヒスパニック系のメンバーも加入しており、
Milk74 と呼ばれる白人メンバーの存在も知られている。
彼らのハンドサインは、親指を人差し指と中指の間に押し込み、指の形で 「H」=Hoover を表すものである。
また、自分たちを指す際には「Hoover 」ではなく 「Hoova」 と発音し、文脈によってgroove や crim といった呼称を使うこともある。
HooversはもともとCripsの組織下にあった経緯から、Bloodsとも敵対関係にあり、
さらに現在では、すぐ隣にテリトリーを持つ元同盟関係のCrips (特にNeighborhood系)と極めて激しい抗争を繰り広げている。
「Hoovers vs Everybody」と言われ
彼らは自らを、Anybody Killer(ABK)
あるいはEverybody Killer(EBK)と称し、
「全員56す」という極端な自己イメージを打ち出している。
その思想は、タトゥーやグラフィティにも色濃く反映されている。
例えば、BK(Blood Killer)、CK(Crip Killer)、*OK(ローリン0's Killer)といった言葉は、
敵対ギャングへの敵意を示すためにタトゥーとして刻まれたり、敵対エリアの壁に描かれたりする。
(*Rolling 60s、40s、50s などのセット名に含まれる「0(ゼロ)」はストリートでは O(オー) と読まれるため、それを組み合わせた OK という表現が使われる)
Hooverのグラフィティを描く際、ギャング用語で 「wack out(ワックアウト)」と呼ばれる手法が使われることがある。
これは Oの文字の上にXを重ね、敵対ギャングを否定・抹消する表現である。
各ライバルギャングに対して強い侮蔑的な呼称を用い
例えば、Rollin’ 30s Crips を Dirty、Rollin’ 40s を Funky、Underground Crips(UG) を Ugly Girlと呼ぶなど、
他のライバルギャングに対しても露骨なディスリスペクト表現が使われている。
HooversはすべてのNeighborhood Cripsと敵対しているため、「F* Neighborhood」という言葉とともに、
Neighborhood Cripsの N の形を作り、中指を立てるハンドサインも頻繁に使用される。
一方で、他のギャング側からはHooversを侮辱する言葉として「Snoover」 と呼ばれることが多く、
多くのCripsメンバーが『HK(Hoover Killer)』のタトゥーを入れていることでも知られている。
Hooversが他のギャングから強い憎悪を向けられてきた理由として、その無慈悲さや残虐性に加え、
非常に活動的で、手段を選ばないと評されてきた点が挙げられる。
彼らが「活動的」と呼ばれる背景には、
自らライバルギャングのテリトリーへ出向き、攻撃を仕掛けるスタイルがあるとされている。
一部の証言やストリート上の語りでは、
Hooversは敵の縄張りに侵入し、ライバルギャングを装ってハンドシェイクを交わし、
それに応じた相手を襲撃といった手口が語られることもある。
また、若い女性をライバルエリアの路上に立たせ、
その女性に気を取られた相手を物陰から狙うといった行為が行われていたとも言われており、
Hooversは卑怯さを厭わないギャングというイメージを強めていった。
Hooversは特に自分たちの地元周辺で
激しい抗争を繰り広げてきた。
52 Hoover、59 Hoover はRolling 40s、50s、60s Neighborhood Crips と敵対関係にあり、
74HooverはRollin 60s Neighborhood Crips、76 East Coast Crips、79 Mad Swan BloodsやMenlo Cripsと敵対し
最もアクティブなセットの一つとされる 83 Hoover は、Rollin’ 90s、84 Main Street Crips に加え、すべてのEast Coast Crips と敵対していると言われている。
92 Hoover、94 Hoover は
Rolling 100s と激しい抗争関係にあり、二番目にアクティブとされる 107 Hoover は
Rollin’ 90s、100s と衝突を繰り返してきた。
112 Hoover は
Denver Lane Bloods と敵対関係にある。
Hoover出身のラッパーとしては、
52 Hooverの「ScHoolboy Q」、107 Hooverの「Jap5」、83 Hooverの「Tr3way6k 」や「Young Threat 」などが知られている。
ロサンゼルスには他にも危険とされるギャングは多数存在するが、Hooversはその中でも
特に積極的に行動する、極めて危険な存在として認識されている。