アメリカの刑務所史上、最も古く、最も悪名高い白人至上主義のプリズンギャングといえば、アーリアン・ブラザーフッド(Aryan Brotherhood、略してAB)である。別名「ザ・ブランド」「アリス・ベイカー」「ワンツー」などと呼ばれている。
この組織の掟はシンプルで残酷だ。「Blood in, blood out」――血によって入り、血によって出る。入会するためには誰かを殺すか、重大な暴行を加えなければならない。脱退は死を意味する。多くのプリズンギャングが似たようなモットーを掲げているが、ABは特に徹底している。入会儀式として、ライバルギャングの囚人を殺すか、看守に暴行を加えるケースが知られている。
刑務所内では、麻薬密売、男性売春、ギャンブル、恐喝などを牛耳っている。刑務所外では、請負殺人、強盗、銃器密売、メタンフェタミン(覚醒剤)の製造・販売、ヘロイン取引、個人情報窃盗、偽造、なりすまし詐欺など、ありとあらゆる犯罪事業に手を染めている。
受刑者人口の1%未満を占めるに過ぎないが、刑務所内の殺人事件の18%近くがABによるものだと言われている(FBI推定)。これほど少人数でこれだけの影響力を発揮するのは、組織の統制力と暴力性が異常だからである。
[思想とシンボル]
ABはナチスドイツの思想を掲げている。メンバーはヒトラーの『わが闘争』を必読とし、孫子の『兵法』、マキャベリの『君主論』、ニーチェの哲学などもよく読まれると言われている。白人至上主義を標榜するが、実際の活動では利益優先で、メキシカン・マフィアなど非白人ギャングと同盟を組むことも多い。
シンボルマークは多岐にわたる。代表的なものは以下の通りだ。
- シャムロック(三つ葉のクローバー)
- イニシャルの「AB」
- 卍(スワスティカ)
- 「HH」(Heil Hitlerの略)
- ダブル稲妻(SSのシンボル)
- 「666」
これらのタトゥーを体に刻むことで、メンバーであることを誇示する。
[歴史的背景と設立]
アメリカの刑務所は1960年代まで人種別に分離されていた。しかし公民権運動の影響で人種差別が法的に廃止され、刑務所内でも統合が進んだ。これにより、受刑者たちは自ら人種ごとのギャングを形成するようになった。黒人系ではブラックパンサーやブラック・ゲリラ・ファミリー(BGF)、ラテン系ではラ・ヌエストラ・ファミリアやメキシカン・マフィア、テキサス・シンジケートなどが台頭した。
そんな中、1950年代のカリフォルニア州サン・クエンティン州立刑務所では、アイルランド系オートバイギャングが白人受刑者を守るために「ダイヤモンド・トゥース・ギャング」を結成していた。メンバーが歯にガラスの破片を挟んでいたのが名前の由来だ。後に「ブルーバード」に改名した。
1960年代の人種統合後、BGFなどの黒人ギャングが脅威となったため、ブルーバードは他の白人勢力と合併。1964年にアーリアン・ブラザーフッドが正式に設立された。設立の目的は当初「白人の自衛」だった。
・チャールズ・マンソンとの短い関係
1970年代初頭、ABはカルト集団「マンソン・ファミリー」の指導者チャールズ・マンソンとつながりを持った。マンソンの女性信者を使って、サン・クエンティン刑務所に麻薬や武器を密輸していた。しかし、マンソンが妊娠中のシャロン・テート女優を殺害した事件にABは激怒。関係は長続きしなかった。元ABリーダーのマイケル・トンプソンは「マンソンは小児性愛者のクズ」と酷評している。
・拡大と「zero-tolerance」政策
ABの「zero-tolerance policy on disrespect」――無礼や軽蔑を絶対に許さない方針は評判となり、カリフォルニア州刑務所内で人種に基づく暴力が急増した。メキシカン・マフィアやラ・ヌエストラ・ファミリアと休戦協定を結び、麻薬密売などで利益を拡大。思想より金銭を優先する現実主義が特徴だ。
1975年までにカリフォルニア州のほとんどの州刑務所に広がり、「race war」(人種戦争)が勃発。ハイランキングメンバーが連邦刑務所に移送されたことで、連邦システム内にも進出。カリフォルニアABと連邦ABに分かれつつ、同盟関係を保ちながら成長した。
1970年代後半は100人未満だったメンバーが、数年で数百人に急増。スキンヘッドギャング全体を吸収するなどして、現在は約2万人規模とされるアメリカ最大級のプリズンギャングとなった。
・組織構造の進化
初期は一人一票の民主制だったが、1980年代初頭に軍隊式階層構造を導入。トップの12人評議会が過半数で決定を下し、その上に3人の委員会が監督する。バリー・“バロン”・ミルズ、T.D.ビンガム、ジョン・グレシュナーらが連邦側を運営。独房からでも指揮が可能になり、長期服役者が若いメンバーを育成。銃の奪い方や人体の弱点を徹底的に教えるトレーニングで、組織はより凶悪化した。
1990年代以降は人種抗争からシフトし、麻薬・売春・請負殺人で収益を重視。米国のマフィアを超える権力と影響力を蓄えたと言われている。
[歴史的な主要ハイランキングメンバー]
ABの黄金期を築いた人物たちである。多くは2000年代の連邦大規模摘発(RICO法適用)で終身刑を受け、現在も服役中か死亡している。
- バリー・“ザ・バロン”・ミルズ(Barry "The Baron" Mills) ABの象徴的なリーダー。1948年生まれ、2018年にADXフローレンス刑務所で死亡(70歳)。連邦刑務所システムの事実上のトップで、1980年代に3人委員会を設立。殺人、麻薬密売、恐喝、共謀などで2006年に起訴され、複数回の終身刑。独房から命令を出し、組織を犯罪企業化させた人物。多くの元メンバーから「本物のリーダー」と評される。
- タイラー・デイビス・“ザ・ハルク”・ビンガム(Tyler Davis "The Hulk" Bingham) ミルズの右腕、副官的存在。連邦側3人委員会のメンバー。2006年の大裁判でミルズと共に起訴され、終身刑(仮釈放なし)。人種戦争を主導しつつ、利益優先の現実主義者。コード化された手紙で命令を出していたことが証拠となった。
- ジョン・グレシュナー(John Greschner) 連邦側3人委員会の初期メンバー。1999年に脱退し、当局に協力(情報提供者)となったため、組織から「裏切り者」と見なされている。現在も保護下にあり、インタビューなどでAB内部を暴露。元幹部として、組織の構造や思想の変化を語っている。
- マイケル・トンプソン(Michael Thompson) カリフォルニア州側評議会のメンバー。元フットボール選手でネイティブアメリカンの血を引く。22人以上の殺害に関与したとされ、後に脱退して当局に協力。ABの掟(家族を殺さないルール)を破られたことが脱退のきっかけ。元リーダーとして、組織の残虐性を証言した人物。
- エドガー・“ザ・スネイル”・ヘヴル(Edgar "The Snail" Hevle)
連邦側3人委員会の元メンバー。2006年裁判で起訴され、終身刑。組織の運営に深く関与。
最近のハイランキングメンバー(2020年代の摘発事例)
ABは摘発され続けているが、刑務所内から指揮を維持。カリフォルニア州を中心に、RICO裁判で多くの幹部が追加の終身刑を受けている。 - ロナルド・“レネゲード”・ヤンデル(Ronald "Renegade" Yandell) 2024年にRICO・殺人幇助・麻薬で有罪。3人委員会の一員とされ、密輸携帯で複数殺人を指示。2025年頃に複数回の終身刑判決。裁判で「私はまだ立っている」と挑発的に発言したことで知られる。
- ダニー・トロクセル(Danny Troxell) ペリカン・ベイ刑務所時代に3人委員会に昇格。2024年有罪、2025年に判決。メンバー間の紛争解決や殺人承認の権限を持っていた。長期服役中で、組織の「老人」層。
- ウィリアム・シルベスター(William Sylvester) ハイランキングメンバー。2001年に殺人でメンバー資格を得、2024年有罪。ヤンデルらと共謀し、終身刑。
- ジョン・スティンソン(John Stinson) 70歳の高齢幹部。2025年頃の裁判でRICO有罪。メンバー加入承認、紛争解決、殺人承認、麻薬利益の分け前を受け取っていた。すでに州刑で長期服役中。
- フランシス・クレメント(Francis Clement) ケネス・ジョンソン(Kenneth Johnson)と並ぶリーダー。2025年に終身刑。刑務所内からLA郡での複数殺人(2020年ダブルマーダー含む)を指示。麻薬・詐欺の分け前も受け取っていた。
- トッド・“フォックス”・モーガン(Todd "Fox" Morgan)
ハイランキングで麻薬王。2025年10月にサリナス・バレー州立刑務所で刺殺された。組織内の抗争で死亡した事例。
全体の傾向
ABのハイランキングは3人委員会が頂点で、多くがADXフローレンスやペリカン・ベイなどの超厳重刑務所に収監中。摘発後も後継者が現れ、密輸携帯で指揮を続ける。思想より利益(麻薬、恐喝、売春)を優先するため、非白人ギャングとの同盟も珍しくない。現在のトップは流動的だが、ヤンデルやトロクセルらが最近の「顔」である。
・著名な事件と摘発
1992年:ジョン・ゴッティ殺害依頼事件
イタリア系マフィアのボス、ジョン・ゴッティが終身刑でマリオン連邦刑務所に移送され、ABに殺害を依頼した(未遂に終わる)。これによりABの対外的な犯罪ネットワークが強化された。
2002年:大規模RICO一斉逮捕
連邦検察がRICO法でABリーダー29人を全米の刑務所から一斉逮捕。バリー・“ザ・バロン”・ミルズやT.D.ビンガムらトップが死刑求刑されたが、陪審は死刑を拒否し、終身刑(仮釈放なし)が下された。「斬首作戦」と呼ばれたこの作戦は、組織のトップ層を一掃できず失敗に終わった。
2020年:FBI大規模捜査と逮捕
FBI捜査で、ストリートギャング100人以上がAB指揮下にあり、禁制品の携帯電話が横行していることが判明。2020年11月、カリフォルニア・モンタナ・ネバダで60人以上逮捕。メタンフェタミン36kg、ヘロイン2.2kg、銃25丁以上押収。
2023年3月:ワシントン州タコマでの起訴
ABメンバー27人起訴(多くが「Aryan Family」関連)。フェンタニル190万ドース、メタンフェタミン104kg、銃225丁押収。薬物密売組織の壊滅を狙ったもの。
2024年4月:ロナルド・“レネゲード”・ヤンデル(Ronald Yandell)、ウィリアム・“ビリー”・シルベスター(William Sylvester)、ダニー・トロクセル(Danny Troxell)有罪、RICO陰謀、殺人幇助、麻薬密売などで有罪。ヤンデルとシルベスターは2024年12月にそれぞれ2回の連続終身刑+50年刑。トロクセルは2025年11月に終身刑(最終判決)。ヤンデルは裁判で「I'm still standing」と挑発的に発言。
2025年2月:3人有罪(フランシス・クレメント、ケネス・ジョンソン、ジョン・スティンソン)
2016-2023年のRICO陰謀(殺人、薬物密売、詐欺、強盗)で有罪。
2025年5月19日:判決
フランシス・クレメント(58歳):RICO陰謀+5件の殺人幇助で終身刑。
ケネス・ジョンソン(63歳):RICO陰謀+2件の殺人幇助で終身刑。
ジョン・スティンソン(70歳):RICO陰謀で20年刑(すでに州刑で終身刑のため実質追加)。これにより、これらのリーダーがカリフォルニア州刑務所から連邦刑務所(VictorvilleやAtwaterなど)へ移送され、厳重管理下に置かれるようになった。
2025年11月:ダニー・トロクセル最終判決
72歳のトロクセル(元「commissioner」)がRICO陰謀+殺人陰謀で終身刑。このケースは2011-2019年の犯罪を対象とし、密輸携帯を使った刑務所内指揮を証明。
2025年4月頃、連邦刑務局(BOP)が9人のABメンバーを正式に引き取り(一部は2025年5月に移送完了)。これで州刑務所からの「脱出」作戦が部分的に成功。
2025年9月:オハイオ州でAB「enforcer」Blake Meyer逮捕(銃器所持・3Dプリンター関連)。
2025年10月:トッド・“フォックス”・モーガン(57歳)がSalinas Valley州立刑務所で刺殺(組織内抗争か?)。
2026年に入ってからもAB関連の摘発は散発的に続いているが、大規模な新RICO起訴は確認されていない(主に既存ケースの判決・移送フェーズ)。当局は「刑務所内から指揮する」構造を断つため、連邦移送を推進中。ABの影響力は依然強く、薬物密売や暴力が全米に広がっている。
刑務所内に本拠を置きながら全米に犯罪網を広げるABは、白人至上主義を掲げつつ、金銭と利益を最優先するアメリカで最もパワフルで恐ろしい犯罪組織の一つである。