2026年3月、アメリカ・オハイオ州アダムズ郡で、またもやパロディのような裁判が行われた。主人公は、2001年の大ヒット曲『Because I Got High』で一世を風靡したラッパー、Afromanである。
本名はJoseph Edgar Foreman(ジョセフ・エドガー・フォアマン)。1974年7月28日生まれで、もともとはカリフォルニア州ロサンゼルス郊外のパームデール出身だ。ミシシッピ州で活動していた時期もあるが、現在はオハイオ州に自宅を構えている。
事の始まりは2022年である。オハイオ州アダムズ郡の保安官事務所から捜査官7人が、Afromanの自宅に捜索令状を携えて強行突入した。容疑は「麻薬取引および誘拐」だった。当時、Afroman本人は外出中だったため、家には妻と当時10歳と12歳の子供たちが残されていた。警察はドアを蹴破り、銃を構えて家の中に雪崩れ込み、家宅捜索を行った。子供たちは恐怖で震え上がっていたという。
しかし、家中を徹底的に捜索したにもかかわらず、麻薬も誘拐の証拠も一切発見されなかった。結果として逮捕も起訴もゼロ。完全な空振りである。
妻がスマホで一部始終を撮影しており、また家中のセキュリティカメラもすべて録画していた。ところが、警察側が一部のカメラを意図的に切断したり、プラグを抜いたり、向きを変えたりした痕跡が残されていた。さらにボディカメラについても「一部映像が欠落している」「意図的にオフにされた可能性がある」とAfroman側は主張している。
家はめちゃくちゃに荒らされ、家族は大きなトラウマを負わされ、さらには現金400ドルが紛失していた。
これに激怒したAfromanは、実際の捜索映像をそのまま使用した煽り全開のミュージックビデオを次々と公開した。
特にバズったのが以下の2曲である。
『Will You Help Me Repair My Door』
「門とドア、直すの手伝ってくれない? 探してたもの、見つかった?」「Will you help me repair my gate? Will you help me repair my door? Did you find what you were looking for?」という歌詞で警察を皮肉った曲。
そして捜索中に一人の警察官がキッチンカウンターのレモン・パウンド・ケーキに見入って手を止めたシーンをネタにした
『Lemon Pound Cake』
「俺の家でハイになって空腹(マンチ)に襲われたのか? ママ特製のレモン・パウンド・ケーキ、すっごく美味いぞ。警察も銃を置いて一切れ食いたがってる」『Will You Help Me Repair My Door』と関連させて「一切れいかがですか?好きなだけ持っていっていいですよ」「Would you like a slice of lemon pound cake? You can take as much as you want to take」と、痛烈に嘲笑している。
YouTubeで検索するとすぐにヒットするので、ぜひ一度聴いてみることをおすすめする(笑)。
「令状に『麻薬と誘拐』と書いてあるけど、マジかよ? でもなんで誘拐なんだ?」
「俺のカメラを切ったよな?」
「なんで金を盗んだんだ?」
「子供たちにトラウマを与える必要があったのか?」
と、警察の行動を容赦なく非難した。
このように、捜査に関わった保安官代理7人全員を、曲・MV・SNS投稿で徹底的に嘲笑・ディスした結果、2023年3月に7人から名誉毀損および虚偽の印象を与えるプライバシー侵害で民事訴訟を起こされた。請求額は総額約390万ドル(約5.8億円)に上る。「精神的苦痛」「名誉毀損」「脅迫(death threats)を受けた」と原告側は主張していた。
なお、AfromanはSnoop DoggとWiz KhalifaのRed Rocks Amphitheatre公演に出演した際のギャラの残金5000ドルを、スーツの内ポケットに入れたまま酔って忘れ、クローゼットに掛けていたところを警察に発見されたという。当局は押収した現金を返却する際、FOX19のカメラの前で「short(不足)」していることを認めていた。
Afroman本人は「ドアの修理代を稼ごうと思っただけだ。暴力的ではなく、クリエイティブに反撃しただけである」「そもそもあの家宅捜索自体が完全に間違っていた。家をめちゃくちゃに荒らしておいて被害者面するな」と反論。
法廷では、Afromanが星条旗柄の派手なスーツとサングラス姿で証言台に立ち、裁判前にイントロ的なMVまで撮影していたため、「この裁判も絶対に歌にするだろうな」と誰もが思ったであろう。
法廷では原告側が実際に問題の曲が再生された。特に、女性副保安官Lisa Phillipsを「元妻をピザみたいに食い散らかした」とディスった過激な歌詞の『Licc’em Low Lisa』(Lick’em Low Lisa)が流された際には、Lisa Phillips本人が証言台で号泣するという場面もあった。
原告側が「MVのせいで精神的苦痛を受けた」と主張すると、Afromanは即座に切り返した。「私の10歳の子供たちが受けたトラウマはどうなるんだ?」「プライバシーを侵害されたと言うが、勝手に人の家に押し入ってカメラを切ったのはどっちだ?」さらに彼はこう強調した。
「警察は土足で家に上がり、ドアを蹴破ったのに、修理代も払わず謝罪もない。人の家の監視カメラを切断しておきながら、『プライバシー侵害』で俺を訴えるなど言語道断である。俺はラッパーだ。言論の自由と表現の自由がある」
そして2026年3月18日——陪審員はAfromanの全面勝訴を言い渡した。全請求を棄却。原告7人全員が敗訴である。
法廷の外でAfromanはこう語った。
「俺が勝ったんじゃない。アメリカが勝ったんだ。アメリカにはまだ言論の自由が残っている」
なお、Afromanは自宅を家宅捜索された直後の2022年8月、なんと2024年アメリカ大統領選挙への出馬を表明していた(独立候補としてFECに正式登録)。自らを「大麻司令官(Cannabis Commander in Chief)」と称し、主要公約の一つに「全米での大麻合法化」を掲げていた。無実の家宅捜索で受けた怒りを、音楽ビデオやパフォーマンス、そして政治活動へと鮮やかに昇華させたのである。
今回の勝訴は、彼にとって最高の「新作プロモーション」になったのかもしれない。